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東京高等裁判所 昭和57年(ラ)12号 決定

抗告人 山口英子

相手方 有限会社コグレハウジング

主文

原決定を取り消す。

本件不動産引渡命令申立てを却下する。

理由

一  本件抗告の趣旨は「原決定を取り消し、本件不動産引渡命令申立てを却下する。」との裁判を求めるというのであり、その理由の要旨は別紙記載のとおりである。

二  よつて、本件抗告理由につき判断する。

1  記録によれば、次の事実が認められる。

(一)  抗告人の亡夫山口芳之助(以下「芳之助」という。)は、原決定添付目録記載の建物(以下「本件建物」という。)の敷地である東京都板橋区氷川町三九番地の一の宅地一二七・一七平方メートルのうち六〇・六八七平方メートル(以下「本件敷地」という。)をその所有者である諏訪昭三(以下「諏訪」という。)から賃借し、右地上に建物を所有して、家族とともに居住してきたが、昭和四八年四月二四日諏訪の承諾を得た上、本件敷地に本件建物を建築するため、債務者にこれを転貸し、芳之助所有の建物はとりこわされ、本件敷地に本件建物が建築されたこと、

(二)  債務者は、右転貸の対価として、芳之助に対し、本件建物の三階部分の所有権を右建物の完成、引渡による所有権取得と同時に譲渡することを約し、昭和四九年二月一二日その旨の誓約書が作成されたが、本件建物の建築資金の一部は借入れによりまかなわれたので、担保権設定の都合もあつて、本件建物には、昭和四八年一一月二六日ひと先づ債務者の単独名義の所有権保存登記がなされたこと、

(三)  芳之助は、昭和五二年二月一〇日死亡したので、債務者は、昭和五二年四月七日改めて芳之助の相続人である抗告人に対し、本件建物の三階部分の所有権が抗告人に帰属することを確認し、右部分につき所有権移転登記手続をすることを約して、その旨の誓約書が作成されたこと、

(四)  本件敷地の地代は、本件建物の所有割合に応じ、債務者が三分の二、芳之助次いで抗告人が三分の一の割合で分担してきていること、

(五)  従つて、抗告人は、対抗要件としての登記は具備していないけれども、所有権に基き本件建物の三階部分を占有する者であり、債務者は、それを認めるべき立場にあつたこと、

(六)  本件競売手続における債権者高野津満夫は、昭和五五年一二月二六日債務者に対する東京地方裁判所昭和五四年(ワ)第八六四三号敷金返還等請求事件の執行力ある判決正本に基づき、原審裁判所に本件建物の強制競売を申立て、原審裁判所は、同月二六日右建物につき強制競売を開始する旨決定して、競売手続を進め、昭和五六年九月二五日本件不動産引渡命令の申立人である相手方有限会社コグレハウジングに対する売却許可決定をし、相手方は昭和五六年一〇月二六日競落代金を納付し、同月二九日原審裁判所に抗告人に対する不動産引渡命令の申立てを行い、同裁判所は、同年一二月二一日本件引渡命令を発したこと、

2  ところで、民事執行法第八三条第一項本文によれば、引渡命令は、債務者又は事件の記録上差押えの効力発生前から権原により占有している者でないと認められる占有者に対して発せられるべきものであり、同項ただし書が事件の記録上差押えの効力発生後に占有した者で買受人に対抗することができる権原により占有していると認められるものを除外していることとの対比上、同項本文の「権原」は、対抗力を具備することを要するものではないと解されるところ、対抗力は具備していなかつたけれども、債務者に主張することのできた抗告人の所有権を右権原から除外すべき理由はないから、抗告人もまた、「差押えの効力発生前から権原により占有している者」に含まれると解するのが相当である。

三  以上によれば、抗告人に対して発せられた本件引渡命令は失当であるからこれを取り消し、本件引渡命令申立ては却下することとし、主文のとおり決定する。

(裁判官 杉田洋一 野崎幸雄 浅野正樹)

(別紙) 抗告理由書〈省略〉

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